従来の会計情報は、それで十分なのか

CFSによるキャッシュフロー情報によって、顧問先にどのような貢献ができるのでしょうか。

有益な会計情報の提供こそ、会計人に期待されている役割です。これまでも会計事務所では、月次ベースで、試算表、貸借対照表、損益計算書、それに期首から直近までの月次推移損益計算書を、顧問先に提供してきたことでしょう。また、決算期には税務申告書の添付書類として、年次ベースの財務諸表を報告しています。

さて、ここで会計事務所の先生方にお聞きします。これで、十分な会計報告がなされているとお考えでしょうか?

課税所得の基礎としての損益計算には問題はない。私自身はそう思っていました。しかし、会計情報として見ると、どうでしょうか。何も、粉飾決算や、所得隠しのための財務諸表を作成している、と言っているのではありません。

課税所得が多くなりそうな場合は、前払費用処理していた賃借料を、今期から一時に損金にするとか、少額減価償却資産の一時損金算入制度を目いっぱい利用するとか、残業代の未払を計上するとか、翌月支払いの会社負担の社会保険料の未払計上とか、その他、考えられる項目を拾い上げて財務諸表を作成しました。

逆に、繰越欠損金が期限切れになりそうな場合は、支払時に損金にしていた賃借料を、本来の前払費用処理に戻すとか、減価償却費の償却方法を、定率法から定額法に変更するとか、少額な消耗品費等の資産計上とか、いろいろと、繰越欠損金を無駄にしない手段を講じました。

しかし、このような処理が行われた財務諸表を、「有用な会計情報です」とは、厚かましくてとても言えません。それでも節税を考えた場合、多くの会計事務所は、それほど抵抗なくこのような処理の変更を、行っているのではないでしょうか。

また仮に会計上の操作を全く施していない完全な損益計算書や貸借対照表によって提供している企業価値の会計情報としましょう。これだけで企業の経営者や企業に融資している金融機関等の利用者に対して満足な情報を提供しているといえるでしょうか。残念ながら会計情報提供者としてはこれ以上ない見事な会計情報を提供していると思っても利用者からすれば満足ではないのではないかと思われます。

利用者が求めている会計情報は、企業価値の会計情報ではなく支払能力の会計情報だからです。支払能力の会計情報は経営において最優先の会計情報だからです。

発生主義の会計情報には限界がある

会計の基本までさかのぼってみても、発生主義会計の全てが有用とは言い切れないことは、会計公準を元にして考えても理解できます。

会計公準の一つに継続企業の前提があります。継続企業の前提とは、例えば、減価償却費等の費用配分は、企業が、減価償却資産の耐用年数を超えて存続することを前提にして、初めて有用な処理方法となり得るということです。

しかし、顧問先が、その所有する減価償却資産の耐用年数を超えて継続しているとは、必ずしも言い切れません。失礼ですが、いつ倒産してもおかしくない関与先もあるかもしれません。それどころか、中には既に倒産して再建中の関与先をお持ちの事務所もあるでしょう。そのような企業の財務諸表は、それなりの注意をもって見る必要があります。

企業の財務諸表が、注意をもって見なければならないか否か、その判断のために、本来注記が必要とされています。しかし、中小企業の会計指針において、大部分の会社で、その注記を要しないものとされています。注記がなければ、注意をもって見る必要のある財務諸表なのか、どうかがわかりません。

中小企業会計要領の注記には継続企業の前提の項目すらありません。

このような制度の下では、発生主義の会計情報には、そもそも限界があるのです。

また、損益計算書や貸借対照表は、作成者によって内容が異なります。10人に同じ資料を与えたら、おそらく10人とも異なった財務諸表を作成するでしょう。

それでも、企業活動を行った結果の会計情報は必ず必要です。これまでは、発生主義の会計情報には限界があることが分かっていても、他に代わる情報がないのでやむを得ず、発生主義の会計情報を用いていました。

キャッシュフロー計算書(CFS)が債務の返済能力の評価に有用であることを示す論文

しかし今、私の考案した方法によって、直接法によるCFSを簡単に作成できるようになりました。

CFSの有用性を示す例を一つ紹介しましょう。

日本では、株式公開会社のCFSは、間接法によるものが圧倒的に多いのですが、オーストラリアでは、直接法しか認められていません。そのオーストラリアで、年次ベースで直接法のキャッシュフロー情報が、有用であるか否かの研究が行われました。その研究を紹介した論文があります。

和歌山大学発行「経済理論」325号/2005年5月に掲載された論文で、執筆者は土田俊也先生です。この論文には概ね次のような研究結果が紹介されています。

まず、破綻企業と非破綻企業、合わせて50社の中から14社をランダムに選び出した。次に、金融機関の融資担当者のあるグループの30人には、14社のキャッシュフロー情報を与え、他のグループの30人には、14社の損益情報を与えた。

その中で、

  • 14社の全てについて破綻、非破綻を正確に判断した人数
  • 13社について破綻、非破綻を正確に判断した人数
  • 12社について破綻、非破綻を正確に判断した人数
    の合計は、

キャッシュフロー情報を与えられたグループでは、30名中17名だったが、損益情報を与えられたグループでは、30名中2名だった。

とのことです。このことから、キャッシュフロー情報が、債務の返済能力の評価に有用であることが明らかになったと述べられています。

年次ベースの直接法によるCFSももちろん有用ですが、当サイトで紹介しているものは月次ベースのCFSです。月次ベースにすることで、よりタイムリーな情報を得ることが可能です。

月次での直接法のキャッシュフロー計算書(CFS)で、顧問先への適切な助言が可能に

CFS作成ソフト「金流先生」がない頃は、顧問先から設備投資や借入の相談を受けるたびに、私もいつも迷いました。特に、決算後かなり経過した時期での相談は、思いあぐねてしまうことが多かったものです。

しかし、月次CFSが、翌月に必ず作成できるようになってからの相談には、我ながら適切な助言ができるようになったと思っています。

その大きな理由は、直接法によるCFSを中に置けば、社長と同じ感覚で、資金の話を中心に、過去の情報から、将来の見通しを話し合うことができたからです。特に、締め後の売掛金が未計上にも関わらず、決済ベースの情報でアドバイスができたため、顧問先の大きな信頼を獲得でき、手応えを感じました。

ここで、私の経験を一つお話ししましょう。

大地主の方でしたが、資金繰りが苦しくなられてから関与した顧問先でした。長年、ご自分の土地に居住用のマンションを建築していましたが、それまでは、担保に不自由することはありませんでした。

この資産家の大地主さんに対して、銀行はハウスメーカーと組んで、多額の貸付を行いました。大地主さんは、銀行からの資金提供を生かそうとして、まず利用度の低い自分の土地の上に、借入金で賃貸用の建物を建築しました。

ここまではよくあることですが、さらに銀行からの情報で土地付きのマンションを購入するようになり、それからは急速に資金繰りが悪化していきました。その結果、この大地主さんの資産は、最終的に銀行の管理下に置かれることになりました。

さて、この話をどう思われたでしょうか。似たような話は、会計事務所ではときどき経験されることと思います。

実はこの大地主さん、私が関与する前の事務所では、年1回、損益計算書と貸借対照表だけで相談に乗っていたようです。

直接法によるCFSがあれば、銀行の管理下に入るようなことはなかったのではないかと、残念でなりません。この顧問先のデータを「金流先生」に入れて、CFSを作成してみたところ、営業活動のキャッシュフローはプラスでしたが、財務活動のキャッシュフローはマイナスの状態が続いていました。そこに投資活動と財務活動のキャッシュフローを加減した年計のキャッシュフローは、どの月もマイナスでした。

営業活動のキャッシュフローがプラスであれば、普通は利益が出ているということです。ただし、営業活動のキャッシュフローが年計でプラスでも、借入金の返済財源は、営業活動のキャッシュフローのプラス分の範囲までが限度です。さらにその後の地価の下落と不動産不況をもろに被ってしまい、大地主さんは破綻の憂き目を見ることになったのです。

利益の概念は時代によって、また地域によっても異なります。しかしキャッシュフローは、時代によっても地域によっても変わることはありません。どうしても、損益情報だけでは危険です。キャッシュフロー情報をよく見ておかないといけません。

このように、キャッシュフロー情報を提供するのは、会計人にとって、サービスとして情報を提供するということだけではなく、むしろ義務とさえ言えるのではないかと思います。