CFS(キャッシュフロー計算書)は誰に貢献する会計情報なのか
CFS(キャッシュフロー計算書)は、どんな人に貢献する会計情報なのでしょうか。ここではそのことについて考えていきます。
各種のアンケート結果によると、企業経営者の関心事項として、資金に関することが常に上位に挙げられます。
そのように企業経営者が高い関心を持つ資金に関する情報を表示するのがCFSです。企業経営者は会計のプロというわけではありません。私が提唱している直接法によるCFSは、そんな会計の素人である企業経営者にも理解できるものであり、しかも毎月正確な情報を得ることができるものです。
京セラの創業者・稲盛和夫さんは著書『稲盛和夫の実学―経営と会計』(日経ビジネス人文庫、日本経済新聞社。以下『実学』と略)の中で「キャッシュフローベースの経営」を主張されておられます。
『実学』の主な箇所を引用しながら、私の理解するところを書いていきます。
「キャッシュベースの経営」というのは、「お金の動き」に焦点をあてて、物事の本質にもとづいたシンプルな経営を行うことを意味している。会計はキャッシュベースで経営をするためのものでなければならないというのが、私の会計学の第一の基本原則である。(『実学』47ページ)
ここでは、経営というものは利益を中心として考えるのではなく、キャッシュベースで考えなければならないと書かれています。さらにそれを噛み砕き、「物事の本質にもとづいたシンプルな経営」を主張しています。
では、「物事の本質にもとづいたシンプルな経営」とは何でしょうか。それは収入と支出を中心とした経営です。収益や費用を考える経営ではなく、収入から支出を差引いた資金に焦点をあてるべきとしているのです。
要は、収入が支出を上回らなければ経営は成り立たないという、ごく当たり前のことが「物事の本質」であるといっているのだと思います。
現代の企業では、その連続する活動を暦で区分して年度ごとに決算を行わなければならない。そこで近代会計では、収入や支出を発生させる事実が起きたときに収益や費用があったとして、一年間の利益を計算する。これが「発生主義」と言われる会計方法である。この方法をとると、お金の受け取りや支払いがなされるときと、それらが収益や費用となるときとが異なるようになる。その結果、決算書にあらわされる損益の数字の動きと、実際のお金の動きとが、直結しなくなり、経営者にとって会計というものがわかりにくいものになってきたのである。
(中略)
そこで、会計の原点に戻るなら、本来もっとも重要な「キャッシュ」に着目して、それをベースにして正しい経営判断を行うべきだということになる。(『実学』48ページ)
現代の会計は「発生主義」会計です。発生主義会計では、現金の収入や支出に関係なく、商取引の発生の時点で収益または費用を計上します。収入や支出の時期と収益や費用の発生時期が異なるため、経営者にとって会計がわかりにくいものになっていると、稲盛さんは主張されています。
実はさらに経営者にとって会計をわかりにくくしていることがあります。それは収入や支出の金額と、収益や費用の金額が異なることです。その原因は消費税にあります。
中小企業会計指針では、消費税について原則として「税抜き処理」を適用するものとされています。税抜き処理とは商取引の内、消費税部分を除く会計処理です。これを受け、たいていの会社は税抜き処理を行っています。その結果、損益計算書の売上等の収益や仕入等の費用には、消費税部分は含まれません。従って収入や支出の金額と収益や費用の金額が異なってしまうのです。
消費税の金額の分だけ、両者の間の金額は異なります。
消費税が10%の場合、1年間の収入や支出の金額の90%(100/110=90.9%)程度しか収益や費用として計上されません。11ヶ月分の収入や支出の金額は91%強(11/12=91.66・・)ですから損益計算書には1ヶ月分超の金額がまるまる計上されないことになります。
収入や支出の時期と収益や費用の発生時期が異なっているうえに、その金額も年間1ヶ月超分も少なく表示されてしまうのです。そのため、経営者にとっては会計がますますわかりにくくなってしまっています。
稲盛さんはつづけて言います。
会計上の利益と手元のキャッシュとの間に介在するものをできるだけなくすことが必要となる。私の会計学では会計上の利益から出発してキャッシュフローを考えるのではなく、いかにして経営そのものを「キャッシュベース」としていくのかということをその中心に置いている。(『実学』57ページ)
私はこのホームページで、企業経営は利益から出発する間接法のCFSで考えるのではなく、資金ベースの直接法のCFSで考える必要があることを随所で書いています。上の文章で稲盛さんは、同じことを書かれているではないかと思います。直接法によるCFSをご覧になれば、きっと賛同していただけることでしょう。
改めて申すまでもなく、直接法のCFSの必要性はすでにおわかりのことかと思います。その作成原理や作成方法は、他のページの説明をご覧いただければご理解頂けるものと思います。
その中で唯一、難しい点があるとすれば、補助科目の金額を集計することでしょう。それについては、「CF会計の仕訳」ページのCF補助科目の必要性の部分をご覧下さい。
補助科目の金額の集計の問題さえ解決できれば、経営者にとって重大な関心事項を支援することができます。補助科目の金額を集計するには、企業の規模が大きくなればそれなりに手間を要します。しかしその手間は経営上の観点から見た場合、次元が違う問題です。
手間の問題は、人手や時間さえかければ解決できます。
大河ドラマ「花燃ゆ」では、吉田松陰の母親である滝の口癖が「せわぁない」(「大丈夫、大したことはない」の意)ですが、補助科目の金額を集計することの手間は経営上の観点から見れば「せわぁない」ことです。
それに対して資金の経営上の問題は、代替えが極めてききにくに課題です。資金の問題は企業経営者自身が向い合う以外にありません。
そこで会計事務所や経理担当者は、経営者に適切な情報を提供する責務があるのではないかと考えます。その責務を果たす手段がCFSなのです。それも年計推移CFSや月次推移CFSだと、私は考えています。
CFSを使いこなすにはそれなりの時間が必要
手前味噌ですが、年計推移CFSや月次推移CFSは、今のところ私の知る限り最も良質な会計情報だと思います。しかし良質な会計情報であってもいきなりうまく使いこなすことはできません。
『実学』で稲盛さんは次のように述べておられます。
経営を飛行機の操縦に例えるならば、会計データは経営のコックピットにある計器盤にあらわれる数字に相当する。計器は経営者たる機長に、刻々と変わる機体の高度、速度、姿勢、方向を正確かつ即時に示すことができなくてはならない。そのような計器盤がなければ、今どこを飛んでいるのかわからないわけだから、まともな操縦などできるはずがない。(『実学』40ページ)
このコックピットにある計器盤に相当するのが先の年計推移CFSや月次推移CFSであるといっても差し支えないと思います。しかし新人パイロットがこの計器盤を見ていきなり適切な操縦ができるものではないでしょう。やはり気象条件や各飛行場の状況を数多く経験してはじめて優れた機長になるのではないでしょうか。
とすれば良質な会計情報を、見慣れておく必要があります。そのためにはどうしても一定の時間が必要です。
年計推移CFSや月次推移CFSは試算表から作成します。その試算表は、毎月月末で締め切る会計伝票から作ります。月末で締め切ると年に数回、月末決済分が銀行決済の取り決めの関係で、翌月初の営業日に行われることがあります。
例えば全ての会社でありうることですが、通常は月末引落の社会保険料が、当月末が銀行休業日であれば翌月初の銀行営業日に引落されることになります。翌月の月末が銀行営業日であれば、その月には、当月分と前月分の2ヶ月分の支払が行われることになるのです。
ちなみに令和2年の各月を見てみましょう。
1月は前年12月末が銀行休業日であるため12月分が当月に、当月分は月末が営業日であるため当月に引落されます。つまり1月には、12月と1月の2ヶ月分の引落が行われます。
2月は前月1月末が銀行営業日であるため1月に、当月分は月末が土曜日で銀行休業日であるため翌月に引落されます。つまり、2月には引落が行われません。
3月は前月の2月末が銀行休業日であるため2月分が当月に、当月分は月末が営業日であるため当月に引落されます。従って3月には、2月と3月の2ヶ月分の引落が行われます。
4月は前月末と当月末の両方が銀行営業日のため、当月1ヶ月分が引落されます。
このように前月末と当月末の両方が銀行営業日の月は令和2年では12ヶ月の内4月、7月、8月、9月の4ヶ月だけです。残りの月は2ヶ月分や全くない月や1ヶ月分であっても前月分であったりします。
いかに事実に沿った会計情報であっても事実が変則的な場合があります。計器がいかに事実を正確に反映していても、事実が変則的な場合いはそれに応じた判断が求められることになります。
社会保険料は全ての会社で共通ですが、業種によっては月末決済の影響が大きい場合もあります。例えば家賃等の賃貸料や学習塾の授業料です。月末に口座振替入金することにしている場合、月末が銀行休業日であることの影響は大きくなります。
この点に関して、財務会計では未払費用や未収金を計上することで、月末が銀行休業日であることの影響を排除し正確な利益計算が可能になります。しかし利益は抽象的なものであるため決済手段として用いることはできません。
CF会計において現預金の一つとして普通預金等の次に「銀行休業日」科目を設けることでその影響を排除することは可能です。しかし「銀行休業日」科目を設けることが一般化されているわけではありません。
従って現状の財務会計処理を前提としたCFSにおいては、事実に添った正確な情報を読む力が必要です。年計推移CFSや月次推移CFSが良質な会計情報だとしても、それを読みこなす訓練が必要になります。そのためには経営者自身が、年計推移CFSや月次推移CFSを毎月凝視して、数字の背後にある事実に思いを巡らし今後の対策を考えることが重要です。
コンサルタント等のアドバイザーに助言をもらうとしても、自社のことを最もよく知っているのはなんといっても経営者ですから、是非年計推移CFSや月次推移CFSに親しんで下さい。第3者から見たら何の変哲もない数字の羅列ですが、これが自社の資金状況の改善に役立ちます。
ダイエットするには毎日体重をはかるとか、家計でお金を貯めるためには家計簿をつけると効果があるといわれているように、会社では年計推移CFSや月次推移CFSを作成し、その内容を検討することが稲盛さんの言う「キャッシュベースの経営」の第一歩だと思います。
ここからは『金流先生』、そして『金流先生』で作成できる年計推移CFSや月次推移CFSについて、どんな人にどのようなメリットがあるのかを挙げていきます。
なお「金流先生」につきましては、製品版、試用版ともに現在、ダウンロードしていただくことはできません。ご迷惑をおかけしますがご了承ください。
◎企業経営者にとってのメリット
- 経営者にとって最大の関心事であるキャッシュフロー情報が得られます。従ってキャッシュフロー経営が実現できます。
※キャッシュフロー経営とは、キャッシュ(現金資金)の流れ(フロー)を重視した経営のこと。(ウィキペディアより)
直接法の情報ですから会計の専門家でなくても理解が容易です。
- 金融機関からの借り入れに際して、経営者自らが説明できます。
資金に関することですから金融機関は経営者本人からの説明を求めます。
- 月次であることから、少なくとも常に2ヶ月前のキャッシュフロー情報を把握することで、タイムリーに対策を講ずることが可能になります。
- 年計推移CFSから傾向が把握できます。
資金状況が良い方向に向かっているかどうかがわかります。
- 月次推移CFSから毎月の主な変動項目が把握できます。
特に前年同月と比較することで改善の効果がわかります。
- 毎月の借入金の返済可能額が把握できます。
年計推移CFSからは年間の営業活動によるCFが把握できます。年間の営業活動によるCFを12分の1すれば毎月の借入金の返済可能額が算定できます。
◎作成者(経理担当者・会計事務所等)にとってのメリット
- 短時間で作成できます。
通常会計事務所が受託している小規模な会社の処理時間は入出力で20分から30分程度です。
- 締め後の売掛金計上がされていない等、不完全な試算表からも作成可能です。
現預金の処理さえ終わっていれば作成できます。
- 試算表と補助科目の金額がデータですから、システム導入後に23月前に遡及してもそれほど過大に時間を要することはありません。
- 金額の根拠を確認することが容易です。
あるCF科目の内容を確かめたい場合にはCFS→精算表→試算表→会計伝票と逆にたどれば金額の根拠を突き止めることができます。
これは試算表科目とキャッシュフロー科目との関係がはっきりしていることから可能なことです。
- 誰が処理しても同一のCFSが作成できます。
担当者によって異なるCFSが作成されることはありません。
- 操作は簡単ですから初心者でも簡単に作成できます。
試算表とCF補助科目の金額が分かれば経理マンなら簡単に作成できます。従って担当替えがあってもたいして支障にはなりません。
- 会計事務所では他事務所と比較して優位性を持つ情報が提供できます。
社長の最大の関心事項の情報ですから話題に困ることはありません。変わったことは会社にお聞きすれば済むことですから。